僕がブランドをはじめた理由3/4『ゆかたなわけ』 :ゆるゆるnotes

浴衣をはじめた理由は、簡単だ。
工場が取り扱っていない分野が良かった。
例えば、傘を作り出したら違う。
成功例を正しく真似して、金儲けを考えるなら、そんなつまらなくて愚かな時間はないと思うのだ。それならただうちに来るブランドが成功していってくれた方が断然いい。何より、そういうのはあまりに品がない。品がないことは嫌いである。ましてや仲間とは美味しくお酒を呑みたい。

だから、プリントが生きつつ、うちに来る誰もがやっていない種類のものがよかった。
そのころから一緒に物作りをしていた吉田は呉服屋の娘であるから、浴衣という分野をやる必然的価値も見出しやすかった。それぞれの強みが生きる分野がいい。
吉田とは、この浴衣をはじめる前から、高いドレスにデザインを提供したり、某ブランドに染めを提供したり、実験的なデザインを陰ながらずっと行っていた。
布で何をやるか、何年も考えた結果がそんなことだった。

自分としては吉田にもご実家のせっかく続けてきた物を、なにがしか形にして欲しいという、僕の勝手な想いもあった。せっかくの素敵な実家の仕事なのだ。両親が仕事をする背中を見て何かを学ぶことはけっして悪い事じゃない。僕の勝手な話だけど。
親の知恵を借りてに何かをするって素敵なことだと思うんだ。

当然、デザインとしてもやりがいがある。
売れなくなっていることも手伝って、世間的に似た様な浴衣ばかりになっている。
どこに行っても似た様な物ばかり。
それなら似ていない物が生まれる必然性はもはやないのか。

何か面白いことが出来るかも知れない。
それは奇をてらって無茶なことや下品なことをするということではない。
今のままでは面白くない、それならどうしたら面白くなるのかについて表現することにある。

それがあれば素晴らしいはずなのに、ないままにされている物に気付き、その魅力の本質を引き出し、実際の世界に生み出すこと。
時代性や環境に合わせより美しく表現していくこと、それがデザインであるなら、それは十分魅力的なことである。

何より、着物、日本人が着慣れてきたそれは確かに日本の女性をどんな衣服より素敵に見せる構造を持っている。
しかし町並みや生活習慣が変わっていく中で、その整合性は当時のままでないのは当たり前でもある。衣服の形状は、美しいとされる人の動作も変える。
例えば機能性を考えるなら、夏は当時よりずっと暑い。
問題点が多いから廃れていく。存在に対する整合性がないから廃れていく。
しかし一番はどんな分野であっても魅力的でない物は廃れると言うことについてである。
例えばサッカー人口が増えているのはなぜか。魅力的だからである。
魅力的であるというのは、良い循環を生み出し、その魅力を育てる。
浴衣を着てみれば分かるが、十分他にはない魅力的な側面を持っている。
それを何も生かさず放置しておくのではもったいない。それに僕は日本というこの土地が持っているエネルギーが大好きなんだ。失われていく物に敏感にならざる終えない。
必要がなければ消えてしまえばいいのかも知れない。
でも、新しい発見があるのに、ゴミ箱に捨ててしまうことは好きじゃない。

<4/4へ>


  • 僕がブランドをはじめた理由3/4『ゆかたなわけ』 :ゆるゆるnotes はコメントを受け付けていません。
  • トラックバックは閉じられています
  • コメント (0)
  1. コメント 0

コメントは閉じられています。

return top