僕がブランドをはじめた理由4/4『素敵な場所がある』 :ゆるゆるnotes

染めると言うことに関して言えば、特に日本人が得意としている分野でもある。
平面性の着物にとって、その布の表面の持つ意味は、洋服が持つ意味とはひと味違う。
布そのものの表現を見せることが出来る。
染め布の表現で、オリジナルの布で、それをこの時代、環境において生かす分野、そう考えれば浴衣というある種、気軽でもある形式は自分たちにとって魅力的な媒体であった。
分野を問わず、布で出来るものをとにかく抽出して考えて、一番自分たちがやる価値を感じたのがそれだった。
日本人であるなら、日本人が昔から多分野で得意にしてきたその平面の表現、ましてや“布の世界で現代的に突き詰めるきっかけを作る事”が出来るとすれば、非常に価値のあることである。
本業を抱えている自分としては夏に毎回一度だけというのもいい。あまりにも拡大する様な物作りでは、それだけのものに僕は時間を費やせない。何度も言うが、僕にとっては本業の方が数億倍大切である。
そもそも、こんなブランドだなんだと言っていると、何やっているんだと、静かに親父に優しい顔で厳しいことをさらりと言われるに決まっている。

そうなんだ。
とにかく自分はすごい人達に囲まれている。
人に本当に恵まれている。
いい影響があるとするなら、それはもう素敵な人達に囲まれていることである。
とにかく贅沢なほど素敵なエネルギーをたくさん吸う機会に恵まれている。
自分なんかまったく何もない。
勘違いしてしまいたくない。何もないんだと言うことを忘れたくない。
5年前、10年前自分は何をしていたか。
何もない世界でもがいていた。たいしたことない日常の中でどうでもいい悩みが人より深かったことぐらい、そんな事に悩めるほどに僕には何もなかった。
ある人が優しさをくれて、ある人が厳しさをくれた。誰かが明日やらねば行けないことを与えてくれた。そしてある日、立つ場所を譲られた。舞台を作ったのは僕ではない。
ぐるぐる世界は回って、人がくれた物で、空っぽだった僕の内側は、あの日より新しい物の置き場所に困るぐらいにはなれた気がする。
ある人はそう言うのをお陰様と言うんだと教えてくれた。

人に偉そうに言える物なんて何一つ持っていないのに、さも偉いんだという顔をして、
人から教わっただけの物をさも自分が昔から知っていた様な顔をして、
偉そうに教える。
偉そうに見せているだけで、中味は相変わらず空っぽなままだ。
勇気を持って強がることを覚えたぐらいで、あの日と本当は何も変わっていない。

好きな道を選んで、やるべき物を野心と遊び心を持って進む日々は最高である。
沢山の素敵な仲間がいる。素敵な人達と過ごせる時間ほど貴重で掛け替えのない物はない。
本当にみんな素敵なんだ。そのお陰でいつだってその有り難さと感動でどうしようもないほどに心がふるえる。
生きていれば、やれることのひとつやふたつは出来るもんだ。
やるべきことやって、素敵な仲間がいて、楽しく日々を生きられたら、やはり最高だと思う。
ただ、大切なことを裏切らない様にと切に切に思う。
だから、道はきっとずっと遠いけど、ここにいてくれる素敵な人達の期待に応えられる様に、あの工場をもっともっと魅力的な場所にして行けたらなと思っている。
ここにどこにもない様な素敵な世界を作りたい。
必然性のある。誰かに必要とされる場所である様に。


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