ラジオ出ました。

12月25日 クリスマス
地方創生2020
日本カワイイ計画。 with みんなの経済新聞
という、ラジオ。今年最後の放送に出ます。

25日、僕の一部の、2、3人の濃いファンのみなさまぜひ。

そして、以下の通り、地方局がメインになるので、岡山や山陰や東北の友人はいいとして、
都市部の人は、アルミホイルを巻き付けたラジオを片手に、自転車をこいで、電波が拾えるところまでひたすら、ただひたすら走ること。

もしくは、JFN PARK という公式アプリをダウンロードすると、スマホでどこでも聞けるらしいけど、それはあくまで最後の手段で。

ネット局 無印は日曜 0930-0955

岩手(火12)・仙台(日800)福島(日0600)・群馬(月1130)・栃木(日830)・新潟(日1830)・富山・石川・福井・岐阜(日530)・滋賀(日1830)・岡山・山陰(日830)・香川・徳島・高知・佐賀(日830)・長崎 #65 12月25日オンエア分  パーソナリティ 篠原ともえ  コメンテーター 西樹

#日本カワイイ計画。
#東京FMのスタジオに入れた
#はじめてのラジオ
#内容を知らない
#気を失うほど緊張した

1年に1度の、美味しいもの。


植物が友達だった“健全な”引きこもりだった僕が、自分の意志ではじめて東京から出た、飛行機という物を使って、たいしてふたりでは、話したことなかった高校時代の友人と旅に出た日。

男同士でなんだか温泉旅館に泊まって気まずさに殺されそうになった次の日、
怪しい、少し傾いたようにも見える安宿のバーのマスターと知り合って、変態で変人の Every Little Thing のいっくんそっくりの、そのマスターが、元ホンダのテストドライバーだったそのマスターが、この芸能人同級生なんだぜって自慢してきたそのうさんくさいマスターが、つまらないギャグの間で、エロトークの間の、為になりそうな人生訓のその隙間で、美味しい物を教えてくれて、日本酒って、美味しいんだって教えてくれた、その20代前半。

東京に帰ってきて、同じ日本酒どこに売ってるだろうと探したら、うちのお墓の近くの酒屋さんに見つけて、そこで出会ったのが之吟さんで、

美味しい日本酒をたくさん教えて貰えて、その奥に美味しい食材もたくさん隠し持っていて、その時はおっきな犬が2匹いて、今はイケメンのロビンくんがいて、

そんなこんなで、お墓参りのついでに、お酒を買うようになりました。うそです。お酒を買いに行くついでに、お墓参りをするようになりました。お墓参り行ってくると言って、お酒を買いに行くのです。お墓参りのついでに買ってきちゃったと言えば、何かに許される気がするのです。

先日、はじめて父親の七回忌のお墓参りのついでに、母と姉を連れて、お酒を買いに行きました。そっちが先なのははじめてでした。

そんな酒屋の之吟さんは、毎月イベントをやっていて、年の終わりは、忘年会があって、焼串さん(というお店)の美味しい料理とともに15、6種類の美味しいピックアップされた日本酒が呑み放題でという、そして値段が破格という会があって、10年前、僕は人生ではじめて、未経験の美味しいものの怒濤の攻めに、記憶を失いました。幸せだったという感覚だけ残して。

お酒で記憶を失ったのは、未来にも過去にも、その一度だけです。その予定です。

毎年、そこでだけ会う何人かの友人も出来ました。そのときだけで次に会うことのない方もいます。

そして、午後3時からはじまる会だから、2次会だって、この美味しい時間の名残惜しさにかられ、横に座った人と、どこかにゆくのです。中野の街に吸い込まれて行くのです。
年に一度だけ。

そんな之吟さんは今年で20周年だという。

いつもすでにスペシャルなのに、さらにスペシャルな料理が並びます。

写真はイノシシのバラ肉。日本酒を引き立てる料理達。

美味しいってすごい。

すごく、はかないのです。こんなに美味しかったんだ、という想いを留めることは出来ません。

どんなに幸せでも、どんなに美味しくても、ただその時だけなのです。その時だけの感覚なのです。

毎年、席に座り、お酒をふくみ、料理に箸をのばし、ああそうなんだ。こんなに美味しいんだ。こんなに幸せなんだ。そうなんだ。忘れてた。今日も来てよかった。焼串のオーナー天才過ぎる。どれだけ才能があるのだ。才能の無駄遣いだ。顔がいかつい。誰かに似ている。似ているけれど誰だか思い出せない。ああ、そろそろ1年が終わるや。

と、カウンターの一番奥の、いつもの席に座りながら、思うのです。

みんなに美味しいからと誘うと、わりとさらりと断られます。
こんなに美味しくて幸せになるのに、といっても伝えるのは難しい。
経験すれば、その味を忘れなければ、すべての用事を捨ててでも、僕は足を運ぶほど幸せだというのに。

価値を共有することって、本当に難しい。経験のない人にありのままの価値を伝えるのは本当に難しい。

いや、それにその幸せを人は時間とともに忘れるのです。経験していたって、同じ時間に戻るまで、こんなに幸せだったということを忘れるのです。

美味しいは儚い。

本当に美味しい物を口に含んだ時の、

ああ、おいしい。

という、ため息にも似た感覚が好きです。

そうして、その時だけの幸せが広がっていくのです。

なんだ、この文章。

美味しい物を教えてくれた人たちに、心よりを感謝を。
美味しいものを生み出す、日常の、愛に溢れた人たちに感謝を。

#之吟 #焼串

2016年浴衣展終了しました。

展示会終了しました。すべての方々に心より感謝いたします。終了後は会場のオーナーでいつもお世話になっているPooolのケイさんや、始めた頃から、毎年必ずのように顔を出してくれる友人らで、そのままご飯会しました。1年目、はじめたころ何もわからなくて、1着の浴衣を売ることがすごく大変だったことだとか。買ったくれた人のこといまでも忘れられなかったり。写真を自分たちで撮ろうとしたらまったくうまくできなくて、フォトグラファーのかとみ@katomi_photo や、スタイリストのトッキーに出会ったり。2年目、ケイさんに出会って、無理してギャラリーを貸してもらったり、チャンスをくれたり、台湾行ったり、おなか壊したり。京都の展示会に顔を出してくれたライターの南@minamimitsuhiro さんが、HINAYAの伊豆蔵 @izukuranaoto さんを紹介してくれて、伊豆蔵さんがいろいろなことを教えてくれたり、機会を与えてくれたり。その京都でるりちゃんと自転車こいでいたら、文化のテキスタイルの修学旅行のみんなと横断歩道で遭遇したり、関係ないなそれ。文化のリソースセンターも森を作る展示してくれたんだ3年目、うちの工場にインターンに来てくれてた大小@taisyouking さんがパン部はじめるって、あわつ@awatsumai さんとはじめての伊勢丹のイベント悪ふざけ協力してくれて、夜なべしてプリントして搬入したらそしたらその商品が予想外な形でお嫁に行ったり。伊勢丹で怯えるるりちゃんに隣で展開してたルミロックの金子@kanekokazuaki さんがすっごい助けてやさしくしてくれたり。ルミロックの金子さんやさしいぞ。綾野剛さんだとか、満島ひかりさんだとか、 小林薫さんのゆかたもそういえば作ったし、シアタープロダクツのもやったな。なくなるものを残していこうと、工場の撮影をかとみに頼んで、町田の注染屋さんに行ったら、歴史あるその工場の最後の日だったり。たまたまで、そんなこと知らないで行ったのに。200万円分の染めた生地、帰ってきたものを見たら、全部使い物にならなくて、イベントの直前に どうするんだよってこともあったし。そんなこんなで鳴かず飛ばずの浴衣作りだけど、こんな趣味みたいなやり方、いつまでも続けていて本当にいいのかと思うけれど、ああそうそう、モデルのるうこ @rororuko のおかげで、いや、義理と人情で仕方がないから、採用したら、いや、やっぱり彼女のおかげで、大塚呉服店 @otsuka_gofukuten.kyoto @otsuka_gofukuten.kobe さんと出会えて、「いままで知らなくて、勉強不足ですみません」って言われて、「作ってばっかりで売るの得意じゃなくて」と言ったら、「私達が売りますから。そのプロですから」って、大塚さんの森村さんと、藤井さんが言ってくれたんだ。展示会して思うのは、はじめたころから、毎年来てくれる人がいて、ときどき来てくれる人もいて。いつかに来てくれた人がいて。短い会期のうちに。いろいろな出会いの中で、人の力を借りて前に進むことが出来て。勉強だって、デザイナーやブランドの何が大変か知るためにはじめた。もうすっかり何が大変かわかったんだし、いつだってやめていいのよねと思いながら。今の自分にとっての当たり前に知っていることは、あの当時、何も知らないことだったんだよなあと、わからないけど試行錯誤して、みっともなく失敗していくことってそんな悪いことじゃないと。最近はるりちゃんの負担ばかり増えるばっかりだけども、やめよと思いながら、すでに次はこんなの作ろとか思っているわけです。物作り、すきだなあ。すべての人に心より感謝を。

展示会終了しました。

すべての方々に心より感謝いたします。

終了後は会場のオーナーでいつもお世話になっているPooolのケイさんや、始めた頃から、毎年必ずのように顔を出してくれる友人らで、そのままご飯会しました。

1年目、はじめたころ何もわからなくて、1着の浴衣を売ることがすごく大変だったことだとか。

買ったくれた人のこといまでも忘れられなかったり。

写真を自分たちで撮ろうとしたらまったくうまくできなくて、フォトグラファーのかとみ@katomi_photo や、スタイリストのトッキーに出会ったり。

2年目、ケイさんに出会って、無理してギャラリーを貸してもらったり、チャンスをくれたり、台湾行ったり、おなか壊したり。

京都の展示会に顔を出してくれたライターの南@minamimitsuhiro さんが、HINAYAの伊豆蔵 @izukuranaoto さんを紹介してくれて、伊豆蔵さんがいろいろなことを教えてくれたり、機会を与えてくれたり。その京都でるりちゃんと自転車こいでいたら、文化のテキスタイルの修学旅行のみんなと横断歩道で遭遇したり、関係ないなそれ。
文化のリソースセンターも森を作る展示してくれたんだ

3年目、うちの工場にインターンに来てくれてた大小@taisyouking さんがパン部はじめるって、あわつ@awatsumai さんとはじめての伊勢丹のイベント悪ふざけ協力してくれて、夜なべしてプリントして搬入したらそしたらその商品が予想外な形でお嫁に行ったり。

伊勢丹で怯えるるりちゃんに隣で展開してたルミロックの金子@kanekokazuaki さんがすっごい助けてやさしくしてくれたり。

ルミロックの金子さんやさしいぞ。

綾野剛さんだとか、満島ひかりさんだとか、 小林薫さんのゆかたもそういえば作ったし、

シアタープロダクツのもやったな。

なくなるものを残していこうと、工場の撮影をかとみに頼んで、町田の注染屋さんに行ったら、歴史あるその工場の最後の日だったり。たまたまで、そんなこと知らないで行ったのに。

200万円分の染めた生地、帰ってきたものを見たら、全部使い物にならなくて、イベントの直前に どうするんだよってこともあったし。

そんなこんなで鳴かず飛ばずの浴衣作りだけど、こんな趣味みたいなやり方、いつまでも続けていて本当にいいのかと思うけれど、

ああそうそう、

モデルのるうこ @rororuko のおかげで、いや、義理と人情で仕方がないから、採用したら、いや、やっぱり彼女のおかげで、大塚呉服店 @otsuka_gofukuten.kyoto @otsuka_gofukuten.kobe さんと出会えて、「いままで知らなくて、勉強不足ですみません」って言われて、「作ってばっかりで売るの得意じゃなくて」と言ったら、「私達が売りますから。そのプロですから」って、大塚さんの森村さんと、藤井さんが言ってくれたんだ。

展示会して思うのは、はじめたころから、毎年来てくれる人がいて、ときどき来てくれる人もいて。

いつかに来てくれた人がいて。短い会期のうちに。

いろいろな出会いの中で、人の力を借りて前に進むことが出来て。

勉強だって、デザイナーやブランドの何が大変か知るためにはじめた。もうすっかり何が大変かわかったんだし、いつだってやめていいのよねと思いながら。

今の自分にとっての当たり前に知っていることは、あの当時、何も知らないことだったんだよなあと、
わからないけど試行錯誤して、みっともなく失敗していくことってそんな悪いことじゃないと。

最近はるりちゃんの負担ばかり増えるばっかりだけども、

やめよと思いながら、すでに次はこんなの作ろとか思っているわけです。

物作り、すきだなあ。

すべての人に心より感謝を。

http://phro-flo.com/